本のご紹介

あたらしい図鑑

長薗安浩 著

本体1,500円(税別)
上製本/232頁/四六判
ISBN978-4-902257-13-7

背が低いことにコンプレックスを持つ13歳の野球少年・五十嵐純は、あるきっかけで、見あげるほど背の高い老詩人と出会います。
彼に「言葉にならないもやもや」をスケッチブックに貼り付け、自分の思いをみつめるよう勧められた純は、はじめて意識的に「言葉」と向き合い、格闘していきます。
老詩人との出会いや、親友との葛藤を通して成長していく少年の姿を描いた本作は、読者の胸にきっと「言葉」の種を蒔いてくれることでしょう。(中学生から)

●衝動に言葉はありません

 ぼくが大好きな「帰途」という詩は、こんな四行ではじまります。

 言葉なんかおぼえるんじゃなかった
 言葉のない世界
 意味が意味にならない世界に生きてたら
 どんなによかったか

 この詩を収めた『田村隆一詩集』(現代詩文庫 思潮社)の巻末を見ると、〈1977.7.14 読了〉とボールペンで書かれています。1960年6月10日に生まれたぼくは、したがって、17歳になって間もなく「帰途」に出会ったことになります。
 当時の自分がどうして田村さんの詩を読もうと思ったのか、詩集をどこで買い求めたのか、そして何を感じたのか、今ではまったく思いだせません。断片的に書いていた当時の日記を読み返しても、ヒントになりそうな記述はどこにもなく、ときおり、その日の出来事にまったく関係のない詩のような短文が残っているだけです。
 だけど、そんなぼくが33歳になり、自分が創刊編集長を務める新雑誌に詩人を登場させようと考えたとき、ふと浮かんできたのが、「帰途」でした。唇が勝手に動き、苦労することなく言葉がつらなって声と化していく不思議を味わったぼくは、それが誰の詩なのか知るために、その日の夜、自宅にある40冊ほどの詩集を片っぱしから見返しました。ぼくは、作者名を完璧に忘れていたのです。
 それから半月後、ぼくは初めて田村さんにお会いしました。場所は鎌倉のご自宅でしたが、そのときの衝撃は、今でもまったく薄れません。長く広告制作や雑誌編集の仕事をしていたので、芸能人や企業の社長や文化人といった著名人にも数多く会ってきましたが、ぼくにとっては、田村さんの存在感は破格でした。
 破格とは、自分たちが生きている基準や範疇とは違う次元にあると認めることです。同じ時代に同じ国で暮らしながら、ましてや同じ日本語を語る人間なのに……。そんな破格の人を前にすれば、30代半ばの男ですら舞いあがってしまいます。尊敬とも憧憬ともちょっと違う、ただただこの人をもっと知りたいと願ってしまう衝動が、岸辺に打ちよせる波のように続くのです。
 衝動に言葉はありませんでした。言葉にならないもやもやした感情の高まりだけが、胸の内側をおおっていました。言葉は後から用意するしかなく、それまでは、とにかくこの人の姿や行動を目に焼きつけ、この人が発する声を、言葉を、耳の奥深くに沈めたいと願ったことを覚えています。だから、この『あたらしい図鑑』のなかで、村田さんのような詩人に13歳で出会った純が混乱するのは、無理もないのです。日本語を流暢に話す宇宙人と遭遇したようなものですから。
 さて、混乱を鎮めるために純はどうするのか。まずは辞書を片手に言葉の森へと踏みだしましたが、そもそも答えがある問いではありません。言葉をつかって自分なりの思索を深めていくしないのです。そして、村田さんが亡くなってしまえば、もう質問することもできません。
 だから、純は、村田さんの煙が昇っていく8月の空と向きあいました。晴れあがった空には、まるで美しい湖水のように、いつだっていろんなものが透けて見えるから。そこでは、死者も生者も区別なく浮遊しているから。

 もうすぐ、田村隆一さんが逝ってから10回目の8月がやってきます。

────2008年6月 長薗 安浩

●いしいしんじ氏(作家)より

この本は言葉の森をさまよい歩く君のための標本箱だ。最初はなにもはいっていないけれど読みはじめてふと見ると箱の底に様々な光、匂い、音のかけらが転がっている。それはいつも「あたらしい」。それは「詩」と呼ばれる。【本書帯掲載】

●本文より抜粋

「これを見てごらん」
 村田さんが差しだした紙の束には、上等な皮の表紙がついていた。ぼくはスケッチブックをテーブルの上におき、その表紙をなでてみた。何の皮かはわからなかったけど、滑らかな手触りだった。表紙には、〈あたらしい図鑑99〉と書かれたラベルが貼られていた。
「中を見てもいいですか?」
「望むところだ」
 ぼくは呼吸を整えて皮の表紙をめくった。めくったとたん、息をのんだ。

●著者紹介

長薗安浩(ながぞの やすひろ)
1960年、長崎県生まれ。南山大学卒業後、リクルート入社。「就職ジャーナル」「ダ・ヴィンチ」編集長などを務める。94年、「就職氷河期」のネーミングで流行語大賞特別造語賞を受賞。02年より執筆に専念。著書に『祝福』『セシルのビジネス』(以上、小学館)『きょうも命日』(中央公論新社)『はっくしょんベイビー』(スターツ出版)『シュヴァイツァーの仕事』(集英社)などがある。

●書店員さんの声

コトバにするのがムズカシイ。忘れかけていたキモチやオモイ。この本が私にとっての「あたらしい図鑑」です。
(ジュンク堂書店 新宿店 兼森理恵さん)

それぞれの登場人物に味わいがあって、すっかり吸い込まれ、最後には電車で号泣してしまいました。場面場面の情景がはっきりと浮かんでくる描写が印象的で、とても気に入りました。
(紀伊國屋書店 総合仕入部 高沢雅代さん)

「言葉」とは不思議なもの……。ちょっぴり恋する男の子に特におすすめ!
(旭屋書店 池袋店 滝沢みゆきさん)

久々に良い本を読みました! 病室を訪ねた純くんと村田さんとの会話に思わず涙しました。課題図書よりもこっちを読んで欲しいですね!
(三省堂書店 大宮店 久保田涼子さん)